スイス、デジタルID導入を再び判断へ 9月国民投票
最初の法案否決から3年、スイス有権者は9月28日の国民投票でデジタルID(eID)導入の是非を再び判断する。賛成派は国のデジタル化に弾みがつくと支持を呼びかけるが、反対派はデータ保護策が不十分だと批判する。
1度目のデジタルID導入案は2021年3月の国民投票で有権者の6割以上が反対し否決された。民間企業が発行主体となる点が不安視された。今回は政府が単独で発行・管理する手法に法案を修正した。
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デジタルID法はどんな内容?
法律の正式名称は「電子的な身分証明に関する連邦法(eID法)」。国が単独で管理する公的なデジタル身分証明の導入を可能にする内容だ。
現在、スイス国民が身分を証明する場合にはカードタイプの身分証明書またはパスポートが必要だ。デジタルIDが導入されれば身分証明がスマートフォン一台で済み、物理的な身分証を携行・提示する必要がなくなる。
デジタルIDの取得は任意で、無料で取得できる。従来のカードタイプの身分証も引き続き使える。
法案はユーザーのプライバシー保護策も盛り込む。当局や企業がIDを確認する際、必要最低限のデータ以外の閲覧・保存を禁じる。例えば、アルコール購入に必要な法定年齢を証明するのに必要なのは「18歳以上であること」の確認だけで、ユーザーの生年月日までは開示されない。
規定違反が疑われる場合はスイス司法省に通報し、同省が必要な調査を実施する。
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デジタルIDはどのように機能する?
デジタルIDの取得を希望するスイス国民は、まずスマートフォンにswiyuというアプリ(デジタルウォレット)をダウンロードする。
その後、アプリ上でデジタルIDを申請する(申請にはカードタイプ身分証が必要)。オンラインビデオ認証による本人確認を経て、デジタルIDが発行される。州の身分証明書事務所か、国外在住者は領事館でも申請手続きが可能だ。
本格導入は早くても2026年後半の予定。それまでの間、アプリの試用版がダウンロードでき、機能を試すことができる。
新たなデジタルID法は以前とどう異なる?
最初の法案は、発効を民間企業に委託する点が激しく批判された。政府は、これが国民投票で否決された主な要因だとして法案を再検討した。
今回の法案では、国が単独で発行・管理する。だがユーザーが記入した個人情報は政府管理の中央集権型データベースではなく、ユーザーのスマートフォンに直接保存される(分散型補完)。このため利用者は個人情報を自ら管理でき、より高いセキュリティとプライバシー保護が確保されるという。
なぜ国民投票が必要なのか?
連邦議会上下両院は、法案を圧倒的多数で可決した。しかし法案施行に反対するグループが5万5344筆の署名を集め、レファレンダム(国民表決)を提起した。
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レファレンダムとは?
賛成派の主張
政府の主張は以下の通りだ。電子IDは時間と費用の節約につながる。安全かつ迅速、簡便な方法でデジタル認証が可能になる。銀行口座開設や電話契約など、多くの手続きがオンラインで済むようになる。在外スイス人も連邦政府サービスへのアクセスが容易になる。在外スイス人協会(ASO/OSE)も、国外に住むスイス人の政治的権利行使が容易になり、電子投票導入への道も開けると期待する。
またデジタルIDが導入されれば、電子取引での本人確認がより確実になる。ひいてはインターネットセキュリティの強化と悪用リスクの低減につながる。
政府はまた、国のデジタルトランスフォーメーション(DX)に弾みがつくと期待する。電子IDインフラは州・自治体当局、民間事業者にも開放され、住民は居住証明、公的登録簿の抄本、卒業証書、イベントチケット、会員証などをデジタル化でき、必要なときはスマートフォンを提示するだけでよくなる。
反対派の主張
反対派はデジタル化の利点を認めつつも、2021年に否決された法案の過ちを繰り返していると訴える。
レファレンダム委員会は市民のプライバシー侵害につながると反対する。電子IDの技術・安全性は未成熟であり、増加するサイバー攻撃に耐えられないと訴える。法案は国による不必要なデータ収集を禁止しているものの、追跡・悪用のリスクは依然残ると懸念する。例えば企業がデータを収集・連携・分析し、それをもとにユーザーの行動プロファイルを作ってマーケティング目的に利用することなどが考えられるという。
反対派はまた、デジタル身分証明が広範な監視システムの導入を招き、民主的で自由な秩序そのものを危険にさらすと訴える。
法案は任意を謳うが、間接的な義務化につながる可能性もある。電子IDなしでは一部のサービスへのアクセスが困難になり、一種のデジタル差別が生じる恐れがあるとも主張する。
>>政府のデジタルID導入に関する情報サイトはこちら外部リンク(英語、独語、仏語、伊語)
誰が賛成し、誰が反対している?
右派の国民党(SVP/UDC)、中道右派の急進民主党(FDP/PLR)、中央党(Die Mitte/Le Centre)、中道派の自由緑の党(GLP/PVL)、左派の社会民主党(SP/PS)、左派の緑の党(GPS/Les Verts)と、異例の6政党連合がこの法案を支持している。
レファレンダム委員会は、海賊党、国民党青年部、超保守派の連邦民主同盟党、憲法の友、アウフレヒト・シュヴァイツなどの市民運動、政府の新型コロナウイルス対策に反対する団体などで構成されている。
編集:Balz Rigendinger、英語からの編集:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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